30代で、左下の一番奥の歯を1本、部分入れ歯にしています。入れてみると、左側だけ何かに塞がれているような違和感があって、何を食べても美味しく感じられません。入れ歯の土台や金具は隣の歯にかかっていて、このままだと支えにしている歯まで悪くなってしまうのではと不安です。この歳で残りの人生の食の楽しみがなくなったのかと思うと、絶望的な気持ちになります。
一番奥の入れ歯は難しいケースです
そもそもとして、一番奥の歯を部分入れ歯にする場合は、部分入れ歯の片側にしか引っかける歯がないため、安定させるのは非常に難しいです。
その上で「1本」となると、いわゆる7番だけと言うことになると思いますが、私は7番だけの欠損で部分入れ歯をおすすめすることはまずありません。どうしてもということであればインプラント、あるいはなにもしない、という選択肢も十分にあります。
もし1本だけでなく、その内側の6番と一緒に7番(つまり2本)が欠損している場合は、もちろん部分入れ歯になりますが、それでも冒頭にお伝えした通り、片側(5番)にしか安定させる歯がないので、非常に難しいケースになります。
その意味では違和感をお持ちになるのも不思議ではありません。
「塞がれているような違和感」の正体
じゃあ、なぜそんなに難しいのか。
ベロ(舌)って、常に動いているんですよ。しゃべっても、飲み込んでも、ベロはずっとお口の中を触りにいっている。特に奥のほうは、ベロが必ず当たる場所です。
保険の入れ歯はプラスチック(レジン)で作るので、強度のためにどうしても厚みが出て、その厚みがベロ側に来ます。ベロは敏感ですから、動くたびに「ある」「ある」と感じてしまう。「塞がれているような違和感」の正体は、おそらくこの圧迫感です。
もうひとつが、沈み込みです。先ほどもお伝えした通り、奥の欠損に入れる入れ歯は、後ろに支えになる歯がありません。手前の歯にかけた金具だけで支えるので、ギュッと噛んだ瞬間、テコの原理でグッと沈む。この沈み込みが、圧迫感や噛んだときの痛みになります。
だから、逆に言えばやることは決まっているんです。厚みをどう抑えるか。沈み込みをどう抑えるか。金具をどこにかけて、噛み合わせをどこまで調整するか。
ご相談にあった「支えの歯まで悪くなるのでは」というご不安も、この設計と調整で負担のかかり方が変わってきます。難しい場所ですが、難しいと分かって作るのと、そうでないのとでは、ぜんぜん違うんです。
見た瞬間に「これ、痛かったですよね」って分かるんです
最近、他の歯科医院で作った入れ歯を持って、当院にご相談にいらっしゃる方が本当に増えました。
誤解しないでいただきたいのですが、前の先生がダメだった、という話ではありません。
入れ歯はお口の中で毎日動くものですから、作って終わりではなくて、そのあとどれだけ手をかけるかで別物になるんです。
だから拝見すると、入れ歯そのものが教えてくれます。ああ、ここが当たっていたんだな、ここが沈んで痛かったんだな、と。
「これ、噛むと痛かったですよね」とお伝えすると、「なんで分かるんですか」と驚かれます。分かりますよ。入れ歯に、全部書いてありますから。
素材にも向き不向きがあります。たとえば金具のない柔らかい素材の入れ歯は、見た目もきれいで、着けた第一印象もいい。
ただ、柔らかいぶん噛む力で沈みやすかったり、あとからの調整や修理がしにくかったりする面もあります。どの素材にも良さと限界があるんです。
だから私は、「噛めること」「沈み込ませないこと」「入れたあとも調整し続けられること」まで含めて入れ歯づくりだと思ってやっています。そこには、自負があります。
慣れという面もあります
私、自分の歯の矯正をしたことがあるんです。装置がお口に入った瞬間の違和感といったら、もう。着けてもらった帰り道、車を運転しながら、我慢できなくてワイヤーを引っ張っていたくらいです(笑)。「こんなの半年も着けていられない」と本気で思いました。
それが、1週間で消えたんです。あんなに苦しかったのに、「何であんなに気になったんだろう」って。体の順応する力って、本当にすごいんですよ。
もちろん個人差はありますし、全員が同じように慣れるとは言えません。でも、入れた直後の違和感だけで「一生このままだ」と決めてしまうのは早すぎます。私は患者さんに、この自分の話をして、「みんなが通ってきた道です。一緒にやってみましょう」と応援しています。
次の一歩を一緒に考えつづける覚悟
それでも、調整を重ねても、どうしても入れ歯の違和感に慣れない、という方もまれにいらっしゃいます。
そういうとき私は、「ここまで頑張ってみて、難しければインプラントという次の選択肢もありますよ」という順番でお話ししています。
目の前に明かりが見えていれば、「じゃあ、まずこれで頑張ってみようかな」と思えるじゃないですか。「これでダメなら終わり」と思いながら使う入れ歯と、「ダメでも次がある」と思いながら使う入れ歯では、気持ちがまったく違いますから。
入れ歯は、入れてからが本番です
入れて、調整して、はい終わり、にしないこと。私が一番大事にしているのは、ここです。
入れたあとに、噛んでみてどうですか、ベロはどうですか、と声をかける。患者さんは一生懸命、訴えてくださるんですよ。
それをただ、聞く。長くつらい思いをされてきた方ほど、最初は「どうせ分かってもらえない」というお顔でいらっしゃいます。
でも、お話を聞いていくうちに、その構えがスーッとほどけていく瞬間があるんです。私はあの瞬間のために、この仕事をしているようなものです。
「絶望」と書いたあなたへ。その絶望、まだ早いです。
